きら きら きらり

人はだれしも生まれながらにして神様からキラキラしたものを頂いている。誰でも、かならず。

神様からの育て直し

5月、気持ちの良い季節ですね。

 

先日、ワンちゃんの散歩で近所の芝生広場に行くと、シロツメクサが満開でした。

 

シロツメクサといえば花冠。子供の頃から花冠を作ることに憧れがありました。

作ったことがある方にとってはどうってことない子供の頃の遊びだと思うのですが、私は今まで花冠を作ったことがなく、また親などから作ってもらったこともなく、どことなく憧れがありました。

 

毎年この時期にシロツメクサを見るたび、心のどかかで、子供の頃に花冠を作ってみたかったな…と思っていました。

 

でも今年はシロツメクサを眺めながらふと作ってみようと思ったのです。

その場で作り方を検索して、ワンちゃんの首飾りになるくらいの小さな花冠を作ってみました。

 
 

完成した花冠を見て、私のたましいが喜ぶような、子供の頃の満たされなかった想いが満たされるような、なんともいえない嬉しさと達成感に包まれました。

 

40代になってもそんな気持ちになることに少し驚きつつも、こうして神様がまたひとつ育て直しをしてくださったなぁと有り難く感じました。

 

私は、親というのは三つの親があると教えて頂いてきました。

 

ひとつは生みの親。

ひとつは神様という親。

そしてもうひとつはたましいの親、教えの親とも言いますが、私たちを導いてくれる親のような存在。

 

私は生みの親からの愛情を上手に受け取れずに育ったのですが、神様とたましいの親…金光教の先生が育て直しをしてくださり、愛情というものを教えて頂きました。

 

愛情というものがなんなのかわからず、満たされずに生きていた頃は、自分には生きている価値がないとか、いなくなってしまいたいとか、自分なんて人生に失敗すればいいんだと思いながら投げやりに生きていました。

 

けれども、金光教の先生に出会って、親にかけて貰えなかったような言葉、例えば「頑張ったね」とか「すごいね」とか褒めてもらったり、背中を押してもらったり、辛い時には受け止めてもらったり、「大事に想っているよ」ということを表情でも言葉でも伝えてもらうことで、初めの頃は荒んでいた私の心は年月をかけて温まっていきました。

 

神様の存在を知って、日々神様に自分の助かりを祈る中で、子供の頃に満たされなかった想いが満たされる出来事にふと出会ったりすることもあります。

 

今回のシロツメクサの花冠もそうです。

 

こんなことで?ということでも、自分にとっては重要な意味のあることがあるのです。

私の心が、たましいが、私の全部が喜んでいる感覚。

これでまたひとつ満たされいなかった何かが満たされたなぁと感じました。

 

花の首飾りをつけられたワンコは、そんなことに気づくはずもなく、ただただいつも通りクン活(他のワンちゃんの形跡を嗅ぐ)に勤しんでいましたが笑

 

こうしてまた神様から素敵な時間をいただいた5月でした。